こんにちは。
夢の中で自分が「主体的」に走ろうとするとこのような結果になる可能性がたいへん高いです。
眠っている間は足の筋肉に命令が届かないというのは決して間違ってはいませんが、この場合、厳密には「走っている感覚が脳に戻って来ない」というのが正解です。
「足の筋肉が動いている感覚」
「周りの空気が流れている感覚」
「風景が近付いて来る感覚」
自分は実際には走っていないのですからこのような感覚は発生しません。
夢といいますのは環境からの情報入力がありませんので、それは全て自分の記憶情報から生み出さなければなりません。
走るという「運動出力」は自分の意志です。ところが、「感覚入力」というのは自分の意志で生み出されるものではありませんので、我々の脳はこのようなリアルな感覚を必要に応じて作り出すことが上手くできません。
では何故、身体が重たいと感じるのでしょうか。
走れと命令しているにも拘わらず走っているという感覚が戻って来ない、このような奇妙な状況が発生しますと、脳はその理由付けを行なって論理的な矛盾を解消しようとします。
「それは身体が重たいからだ」
「足が動かないからだ」
あるいは、
「金縛りにされている」
夢といいますのは必ずや多くの情報が不足しています。ですから、このように情報の不足や矛盾が発生しますと、我々の脳はそれを穴埋めし、勝手に辻褄を合わせてしまいます。
このように、夢の中で自分が主体的に走ろうとしますとどうしてもそうなります。ですが、同じ走る夢でも、自分が走っている姿を客観的に見る夢もあります。この場合は、自分が走ろうと思って走っているのとは違います。
例えば、それが運動会の夢であるならば、
「自分が走る理由」
「走った事実」
「走っているときの感覚」
このようなものを全て記憶情報から揃えることができます。ですから、自分の意志で走ろうとするのとは違い、身体が重くて走れないという状況が発生することはまずありません。